Assisi Tempio Minerva アッシジ観光ガイド
ウンブリアの緑の丘に位置するアッシジは、その詩的な雰囲気、歴史、芸術で人々を魅了して止まない。イタリアの守護聖人である聖フランチェスコの生まれ故郷、フランチェスコ修道会発祥の地。
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ウンブリア州の心臓部にあたるアッシジは、スバシオ山の中腹、海抜121メ-トルに位置する。その中世市街は、単に市壁におさめられた造成美の町にも感じられるが、実際は訪れられた人々の興味をそそってやまない史跡と稀有な文化を保有する質の高い観光地である。 世界各地からアッシジに訪れる人々は、アッシジを芸術の宝庫と見なし、またフランチェスコと仲間達のことを心に深く刻んで行く。 町から見渡せる「ウンブリアの谷」は、四季を通じて変化に富み、その夢見る美しさによって、人々の生活は潤されている。 短期の観光にとどまらず、長期滞在にも適した町といえよう。 更に、今日ではアッシジ付近の交通が非常に便利なものとなり、ウンブリア州内への日帰り旅行なども気軽に楽しめるようになった。

歴史

アッシジの歴史は、イタリアの先住民族エトルリア人の勢力圏に属してアシシウム(ASISIUM)と呼ばれていた時代にまで遡る。そして、現在ロ-マ遺跡が残っていることからもわかるように、その後はロ-マの自由都市として繁栄した。3世紀初期には、殉教者ルフィ-ノによるキリスト教宣教が行われるようになった。545年ゴ-ト人王ト-ティラの侵略によるロ-マ帝国崩壊後は、ビザンチンやロンゴバルドの支配下に置かれ、その後長い間スポレ-ト公国の勢力下に置かれる。
11~12世紀 独自の力を盛り返したアッシジは、再び自由都市として繁栄。しかしこの繁栄も長くつづかず、すぐにペル-ジャとの闘争に悩まされる事となる。
1174年ドイツのクリスティア-ノがアッシジを攻略し、1177年クリスティア-ノはアッシジ公スポレ-ト公爵となる。同時期の1182年に聖スランチェスコ、1193年には聖キアラが誕生している。
その後、法皇をはじめ、ヴィスコンティ家、モンテフェルトロ家、スフォルツァ家等による支配、そして、ピネス家(上町グル-プ)とフィウミ家(下町グル-プ)間の町内争いも抱え、アッシジは苦境に陥る。
1500年~1860年、ナポレオン勢力が及んだ短期間を除き、法皇領にありながらも町には平穏な時代が続いた。

伝統

アッシジは、12世紀にこの地で誕生した聖者フランチェスコによって世界的に知られるようになった。 しかし、現在アッシジに訪れる人々の関心は宗教的なものにとどまらず、その石畳の続く中世の町並みや周辺の田園風景を含めてのアッシジの魅力となっている。
アッシジ周辺には、初夏の小麦畑に群がり咲くひなげしの花、風邪に銀色の葉を光らせてそよぐオリ-ブの林、畑の区切りに続く糸杉の並木、黄金の小麦の捻りと、ルネッサンス絵画にでてくる背景そのままの風景が存在する。
町の軸聖フランチェスコ大聖堂内部には、美術館さながらの13世紀の壁画が残されている。
その他、音楽祭・伝統祭り"5月祭"などのイベントも充実、勉学に適した図書館や貴重な古文書館、ジムやプ-ルなどのスポーツ施設にも充実している。周囲には静かな森林が広がり、特にスバシオの頂上(1290m)は絶好のハイキングスポットとなっている。

アッシジでの宗教行事は、とても盛大に行われている。
クリスマスシ-ズンになると、町の教会や通り・広場に、キリストの誕生を再現する"プレセピオ"の装飾が置かれる。春の復活祭も盛大に祝われ、聖週間には、十字架降下の行事や顔を覆った裸足の人々が練り歩く"死せるキリストの行列"が行われる。
また、通りを花びらで描くコルプス・ドミニの祝日、6月22日の祈願祭、8月1、2日の全免償の祭日など、詩情溢れる宗教行事が数多く行われている。
中でも素晴らしいものとして、イタリア守護聖人の聖フランチェスコを奉った聖フランチェスコ祭(10月3、4日)がある。聖人の墓の前で火を灯す際には、イタリア各地から奉献されたオリ-ブ油が用いられる。
そして、アッシジで最も有名な祭典は、カレンディマッジョ(5月の3日間)である。祭り開催中、中世の美しい衣装を着けた吟遊詩人や貴婦人、騎士、ギルドの職人、楽士、戦士達で町は溢れ、時代はすっかり中世へと戻ってしまう。この祭りは、その昔町を二分した上町と下町の争いを再現し、同時にこの二つの地区が合唱や甘い小夜曲、時代行列などで平和的に競い合う、生きいきとした市民祭りである。
その他にも、地区ごとの祭、片田舎の教区での宗教行事、毎週立つ移動市場から全国規模の見本市まで、訪れる者の興味をそそるイベントが数多く開催されている:ベット-ナとカンナ-ラの死せるキリストの行列、バスティア・ウンブラとカンナ-ラの復活祭に行われるリンキナ-タ祭、ベット-ナの聖クリスポルト祭、カンナ-ラのコルプス・ドミニクの祝日に行われる花祭り、バスティア・ウンブラでのアッシジ美術骨董市と全国規模の分野別見本市、ベット-ナ遊歩道で行われるカ-ネ-ション見本市、コッレマンチョで行われるワイン祭りなど。

更に、アッシジの郷土料理は他の地方の料理と比べても遜色なく、アッシジでの滞在をよりいっそう魅力あるものにしてくれる。

観光

聖フランチェスコ大聖堂(Basilica di San Francesco)、 聖修道院:
大聖堂は斜面に建てられたため、上と下との重層構造となっている。下部会堂は1226年~1230年、上部会堂は1230年~1252年にかけて建てられた。1818年に聖者の遺体を安置した地下が発見される。
拝観者は、15~16世紀の柱廊に囲まれた広場から下部会堂に入るようになっている。 下部会堂は二重の"T"(タウ)字型で、ジョヴァンニ・ディ・ボ二-やブッチョ・カパンナの美しいステンドグラス。チマブエ、ジョット、ロレンツェッティ、シモ-ネ・マルティ-ニ等による13.14世紀の大壁画がある。 また、聖遺物礼拝堂にある貧者フランチェスコの古い日々を偲ばせる遺品、直筆の会則と聖痕の奇跡直後に兄弟レオ-ネに手渡した祝福の書は必見である。
シスト四世の回廊を経て、上部会堂へ足を運ぶと、そこにはジョット作の聖フランチェスコの生涯を描いた壁画が広がっている。その他チマブエ、カッヴァリ-ニ、トリ-ティの作品、15世紀のみごとな木製聖歌隊壇も見ることができる。
聖修道院の宝物館には、細密画で飾られた羊皮紙の写本、絵画、遺物箱、タペストリ-、聖具、祭壇の飾り幕など、興味深い品々が展示されている。これらの品はすべて、アメリカの美術評論家パ-キンスによるコレクションである。

聖フランチェスコ大聖堂をあとに、サン・フランチェスコ通りを進み間もない所にコマチ-ニ派の匠の家(Loggia dei Maestri Comacini:13世紀に建設、その後15世紀に増築)がある。この裏の細い坂道サント・アンドレア通りを進むと、そこにはサンタ・マルゲリ-タ教会のあるサン・ジャコモ地区が広がる。
そのままサン・フランチェスコ通りを進むと、マッチオ・ダ・グアルドによる15世紀の壁画を保存する巡礼小礼拝堂(Istituto Teologico)、市立絵画館(

Pinacoteca Comunale

)と 市立絵画館の別館として利用されているパラッツォ・ヴァッレマ-ニ(Palazzo Vallemani)がある。
A.フォルティ-ニ通りを過ぎ、ポルティカ通りに入ると美術館とロ-マの公共広場(Museo e Foro Romano)がある。ロ-マの公共広場"フォロ"はコム-ネ広場の真下に位置する。コム-ネ広場には紀元前1世紀のミネルヴァ神殿(Tempio Minerva)、13世紀のポポロ塔、その正面に市庁舎(14世紀のパラッツォ・プリオ-リ)が建っている。
市庁舎の右手には、フランチェスコの両親の家の跡に1615年に建てられたバロック様式の新教会(Chiesa Nuova)が建っている。その左側の少し先に、聖フランチェスコが生まれた馬小屋サン・フランチェスコ・ピッコリ-ノ礼拝処(Oratorio di San Francesco Piccolino)がある。
マッツィ-ニ通りとサンタ・キアラ通りを進むと聖キアラ大聖堂が見えてくる。聖キアラ大聖堂(Basilica dedicata alla Santa di Assisi)は、1257年~1265年にイタリア・ゴシック様式でフィリッポ・ダ・カンペッロの設計によって建築された。正面扉とその上の丸花窓がとても美しく、内部はラテン十字型で、内陣上の丸天井や外陣にはシエナ派の影響を受けた画家達の壁画で飾られている。内部左側の聖ジョルジョ礼拝堂には、キリストがフランチェスコに語りかけたという有名なサン・ダミアノ教会の十字架、聖フランチェスコ、聖キアラの遺品が展示。地下には聖キアラの遺体が安置されている。
サンタ・アニェ-ゼ通りを進むと、11世紀まで町の大聖堂であったサンタ・マリア・マジョ-レ聖堂にたどり着く。現在、ファザ-ドは12世紀、後陣部分は13世紀のものとなっている。
コム-ネ広場に戻り、そこからサン・ルフィ-ノ通りへ進むと、1140年殉教者聖ルフィ-ノ司教の遺体を安置するために建てられた聖ルフィ-ノ司教座大聖堂がある。建築史上重要とされているロマネスクのファザ-ドは、3つの丸花窓と象徴的な彫刻で装飾されている。16世紀に改造された内部には、聖フランチェスコや聖キアラが洗礼を受けた洗礼盤や15世紀のピエタ像などが保存されている。鐘楼の下にはロ-マ時代の井戸もある。聖堂の付属博物館(Museo Capitolare)には、N・アルノによる重要な屏風絵が保存されている。

アッシジ近郊:

聖マリアの天使大聖堂(Basilica di Santa Maria degli Angeli) 中心地から5km
1569年に建設された大聖堂。アレッシによる美しい丸屋根で覆われている。内部のク-ポラ真下にある神秘的なポルズィウンコラ教会はフランチェスコ派初の修道院の核となった場所。1211年キアラがフランチェスコを訪ねて入会した場所でもある。そこから右手裏にある礼拝堂にて、1226年10月3日聖フランチェスコが天に召した。
聖堂敷地内には、有名な奇跡のバラ園とポルズィウンコラ博物館(Museo della Porziuncola)がある。博物館には遺物箱、僧服、ジュンタ・ピサ-ノの十字架、チマブエの聖フランチェスコ象などが展示されている。

カルチェリの退修所(Eremo delle Carceri) 中心地から4.5km
かつてはベネディクト派の修道院であった、スバシオ山の樫の木に囲まれた安らぎの場。フランチェスコと"兄弟達"は、ここの山腹の穴で祈りの時を過ごした。後に、修道士たちにより小さな僧院が増設された。

聖ダミアノ教会(Convento di San Damiano) 中心地から1.5km
聖フランチェスコが、十字架のキリストから召命を受けた場所。後年、"被造物の賛歌"の終章を完結した教会。更に、キアラ会発祥教会でもある。

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