現在のリヴォルノとカランブローネの中間に位置した
古代ピサの町は、非常に個性的であった。当時、中心地と海の距離は現在の半分であり、海は後背地に入り組んでいた。中心地と海の境目(ウルビーノ人が住んでいた辺りまで)は、干潟と湿地帯となっており、海水・湿地帯の水・川の水が交じり合う地点は、常に水質が変化していたと見られる。
この事実によって、町から数キロメートル離れたグラードのサン・ピエトロの中にあるサン・ピエトロが、海から来たものだということが説明できる。また、中世期の名前(Guazzolungo,Padulozzeriなど)の形成に、湿地(Paludi)という言葉が多く引用されていることも納得できる。しかし、今だオッゼリ川がアルノ川に流れ込んでいた地点を、正確に把握することができていない。研究家達は、この二つの川の合流地点の形(台形のような四角形)が、古代ピサの町を形成する上で、重要なものであったのではないかと見ている。14世紀に製作された地図"Carta di Bonanno" 、"Pianta di Pisa al tempo del gentilesimo"等からもこの形を見ることができるが、これらから古代ピサを正確に把握することは難がある。中世ピサについて推測するには意味のある地図といえる。ローマ時代と中世のピサを考古学的に証明するものは、各地に点在している。